これまでの話では、
立ち止まり、揺れ、
「今に立つ」という感覚について書いてきた。
けれど、
立ち止まったその先で、
もうひとつ、
向き合わずにはいられない問いが残っていた。
問い——
私は誰なのか。
自分らしさとは、何なのか。
あっちか、こっちか。
選択のあいだで揺れ続けているうちに、
自分が何者なのか、
分からなくなっていった。
誰かのために。
家族のために。
何かのために。
そうして気づかないうちに、
私は、
自分自身をどこかに置いてきてしまっていたのかもしれない。
それでもまだ、
私は自分をうまく説明できそうにない。
言葉にしようとすると、
大切な部分ほど、
こぼれ落ちてしまう感覚がある。
だから私は、
フラメンコを踊っているのかもしれない。
説明できない思いを、
言葉ではなく、
身体で確かめるために。
フラメンコを始めた頃、
「スペイン人みたいに踊ること」を
求められる場面が多かった。
でも、
それにはずっと違和感があった。
ものまねをしたところで、
それは一体、
何を表現しているんだろう、と。
スペインに来て、
フラメンコの世界に身を置くうちに、
あの違和感は、
だんだんそのまま受け取れるようになった。
私は、私。
スペイン人ではないし、
無理にそうなる必要もない。
それに気づけたのは、
たぶん、
周りの人たちとの関わりの中で、
少しずつだった。
力を抜いて、
ただ自分でいようとしたとき、
それを身体で、
なんとなく分かった気がした。
今はまだ、
それ以上の答えは持っていない。
でも、
それでいいと思えている。

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