※この記録は、第2話から続いています。
▶ 第2話|帰る場所を探して を読む
人生には、
あとから名前がつく感覚がある。
そのときは、
ただ息苦しさとして、
違和感として、
身体の奥に残っているだけ。
私は長いあいだ、
その正体を言葉にできずにいた。
けれど今なら、
はっきりと分かる。
私が立っていたのは、
どちらかを選べない場所ではなく、
その「あいだ」だった。
これまでの私は、
無意識のうちに
「どちらかになろう」としていた。
日本人として生きるのか、
異邦人として生きるのか。
スペインに住むのか、
日本に住むのか。
舞台の上に立ち続けるのか、
それとも日常に戻るのか。
選ぶことは、
前に進むための決断だと
教えられてきた。
けれど私にとっては、
選ぶという行為そのものが、
何かを切り落とすことでもあった。
切り落とした先に残る自分が、
本当に「私」なのか。
その問いに、
長いあいだ答えを出せずにいた。
けれど、振り返れば、
私の人生は最初から
境界の上で成り立っていた。
混血として生まれ、
国を越えて暮らし、
言葉をいくつも行き来し、
舞台と日常を往復する。
「あわい(間)」という言葉に出会ったとき、
それは新しい考え方というより、
ずっと身体の奥にあった感覚に
名前がついた、という感覚に近かった。
私は、
どちらかにならなくて
よかったのだ。
境界に立つことは、
未完成でも、迷いでもなく、
ひとつの在り方だった。
あいだに立つからこそ、
両方の声が聞こえる。
両方の痛みも、温度も、受け取れる。
それは不安定さではなく、
私にとっては、
最も誠実な立ち位置だった。
あわいに立つという選択は、
迷いをなくすことではなかった。
けれど、
どちらかになろうとするのをやめたとき、
足元は、静かに定まっていた。
それが、
次の一歩につながっていく気配だった。
※この記録は、次へと続いていきます。
▶ 第4話|(準備中)


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